悪役レスラー、上田馬之助さん死去、ビデオで偲ぶ。

日本一の悪役レスラーとして活躍された上田馬之助さんがお亡くなりになりました。ご冥福をお祈りいたします。

事故後随分経過しているので、訃報を聞いても悲しくはないのですが、記憶に残る選手の訃報はやっぱり寂しいですね。

テレビ朝日ANNニュースで略歴が放送されています。

昭和の日本人レスラーで悪役といえばこの人が真っ先に頭に浮かぶのが馬之助さんyoutubeで馬之助さんの活躍する姿がいくつかアップされていますので、動画を見ながら故人を偲びたいと思います。

この動画に馬之助の仕事が凝縮されている

このビデオに最初に映っているのが20世紀最凶と言われるアラビアの怪人ザ・シークでジェット・シンとは外国で同じヒールで抗争をしていました、同じテリトリーに悪役のトップは必要ないという理屈でヒールのトップは仲が悪いんです。

実はシンの飼い主

乱闘を意識して見ていただいたらわかりますが、控え室でシンがシークに襲いかかるんですが馬之助が馬之助を抑えていて、ここって絶妙のタイミングでシンをリリース、シンが襲いかかる、暴走しすぎてフレームアウトしそうになると再度シンをなだめ、乱闘がグダグダにならなようにこの空間を仕切っているのがわかります。

会場にて、シンが客を襲い過ぎないようにまたも腕をかかえて入場、適度にリリースしているのがわかります、当時は客もガチだったので選手に襲いかかりますが、悪質な客には試合していない若手選手が客をボコリます、馬之助はお客さんが殴られない程度にシンをおさえつつ自分のヒールキャラを殺さないよう竹刀で客を威喝してシークの乱入を待ちます、ターゲットのシークが来た所で客の安全を確認しシンをリリース、馬場と鶴田の体が冷えないうちにリングインと同時に鶴田に仕掛けゴングと絶妙のタイミングでこの動画だけ見ても名プレイヤーと判断できると思います。

このビデオに映っている選手はセコンドも含めてほとんどお亡くなりになっているのが悲しいけど、ジェット・シンだけセミリタイアだけど現役ってのが凄いです。

三沢光晴のテーマ曲スパルタンXは馬之助も使っていた

いつから使ってるか謎ですが三沢よりは古いはず因果も不明

一瞬だけベビーフェイス転向、前田日明と心中

これはファンの間で今も語り継がれているシーンで自分も好きなんですが、UWFと新日本の抗争中猪木が秘策で敵の馬之助を助っ人に、ガチンコ最凶と呼ばれていた馬之助はUWFのプロレスを子供の遊びと評していた気がする、ヒールで世界中回っていた馬之助の考えるプロの哲学とUWFは馴染めないのは当然なんですが、その馬之助と前田を戦わせた猪木のセンスたるも凄い。

6分50秒あたりから前田との絡みがあります、前田の蹴りを数発受け流し場外に心中、短い絡みでしたがシューター(笑)破壊力満点の前田の蹴りが効かなのは、攻撃主体の新日本で本物のレスラーの受けの凄さが証明された貴重な映像でインパクトは絶大だったわけです、全日本から移籍した越中詩郎も高田相手に壮絶な受けを見せ、攻めの新日本、受けの全日本というイメージがこの頃から意識されるようになったと認識しています。

公表192cmの前田より背が大きく見えます、別の動画で同じく192cmのハンセンとタッグを組んでいる映像を見ても少し大きく見えるので、周りがサバで公表身長高くしているか、馬之助が適当に190cmと言ってるだけかも知れませんが日本人選手じゃ大型だったことには間違い無いです。

映像が見つけられない馬之助の記憶に残る試合

※記憶に残っている部分で書きますので不正確な部分があるかも知れません

対 アントニオ猪木、五寸釘マッチ

アントニオ猪木と完全決着をつける意味で五寸釘を数千本打ち付けた板を場外マットの代わりに敷き詰めた昭和のデスマッチ、結局試合では五寸釘ボードに落下しなくてファンとして肩透かしとなったが、テレビ放送を考えると落ちなくて正解だったとか、落ちても釘の密度が高すぎて刺さらないなど後に評価される。

平成に入りW☆INGというインディー団体でミスターデンジャー松永光弘が復活させた、こちらは落下したが釘板に致命傷にならない細工がしてあったため大惨事にはなっていない。

対 グレートカブキ

抗争の理由が思い出せないが、絶頂期から人気が低下してきたグレートカブキのテコ入れで全日本で抗争になりシングルマッチ、入場してきた馬之助の姿を見てファンはびっくり、なんと顔に黒字で天の字のペイント、アメリカでやっていたキャラ、「テングー」というキャラの姿らしい、黄色の毒霧を吐くが本家のカブキのように綺麗なミストとはならず、粒がまだらのミストで黄色が画面映え悪く客席から失笑、抗争がどうなったかも試合結果は覚えていない。

対 維新力

NOWという団体で元力士の維新力をエースに仕立てるために組まれた試合で、出刃包丁両手に握り馬のマークが入ったマスカラスのマスクかぶって入場、リングで公開殺人が行われるかと話題になりました、週プロで見たぐらいなので試合結果覚えていない。

不慮の交通事故で再起不能へ

上田さんクラスのレスラーがリングトラックで移動する事はまずないのですが、インディー団体の台所事情を気遣って若手の直井選手が運転するトラックで運転中に西濃運輸のトラックと接触事故にまきこまれる大事故に会いました、運転していた直井選手は即死、上田さんは命は助かったものの頚椎損傷で首から下が麻痺する重い後遺症が残り、復帰することなく98年に力道山OB会の主催で引退、体調不良を理由にVTRで挨拶した形となりましたが、本当のところはファンの前で車椅子姿を晒すのが嫌だったと察します。

2ちゃんねるで10年前に立った事故のスレッドがありました。 馬之助の裁判がうまくいってないらしいぞ!

二代目上田馬之助

上田馬之助って実は二代目がいて、ジ・アッチィーが主催する大分のローカルインディ団体でFTOという団体のヒールレスラーのVINNIという選手が突然二代目上田馬之助を襲名、本人の許可を頂いた正式なものですが、襲名後の活躍は本州まで届かなかったのは残念です。

FTOのシャーク選手のブログに襲名披露の様子が載っています。

上田馬之助の人物像

雑誌などの聞きかじりですが、上田さんは昭和のレスラーらしくオフリングではとても紳士で食事の作法も美しくタニマチ筋では評判が良かったそうです、っ有る時ファンの子供が道端でボロ紙を持ってサインをねだった時に「こんなボロっちい紙にサインできねえな!」とギロリ怖がって逃げようとする子供に「ちょっと待ちなさい」と呼び止め、自分のカバンから色紙と硯を取り出し、墨を刷り毛筆でサインして朱肉で印鑑をついて手渡したという渋い話もあります。

伊達直人

晩年にゴングか週プロで一度取材されて明らかになった事実、上田さんは老人ホームや孤児院などに積極的に慰問をしたり援助をしていました、ずっと昔からヒールの役柄お忍びで行なっていました。

ヒクソンが喧嘩最強?くだらない。

ヒクソンが安生洋二の道場破りを返り討ちにしたころ、ガチンコ最強説がある上田さんに紙プロが「喧嘩最強は誰?」という稚拙な質問をし、こう答えています。

ヤクザが一番強いですよ。

私に向かってレスラーって強いんでしょう?って言われても、八百長やっていて弱いんでしょうと言われても「はい、そうです」って答えます、いくらレスラーや格闘家が強いって言っても、ピストル持った相手にはかないませんよ、例え一人ぶん殴っても次から次へと勝つまで来るのがヤクザ、力道山もヤクザに刺されて殺されました、だから喧嘩のプロであるヤクザが一番強いですよ。

そのインタビュー記事を見て、上田さんが前田日明相手にした試合の意味が数年後に解け、すごく感動した記憶が有ります。

上田さんのようにプロレスという職業を離れた視線で捉えているのが亡くなったサムソン冬木さんで、喧嘩最強の答えで上田さんに似た答えを出したのが元UWFの佐山サトルさんでした、佐山さんはヤクザを通り越して核ミサイル持っている米軍が喧嘩最強という究極の答えを引き合いに、武道で個人が鍛錬する意味を追究していました。

こういう端の情報にアンテナを張って禅問答のようポイントをノードにつなぐ作業がプロレスの楽しみ方です。ハイ

中島らも著 お父さんのバックドロップのモデル

宇梶剛士が主演して映画にもなったのでご存知の方が多いと思いますが、中島らも著のお父さんのバックドロップのガチンコ最強と言われたロートルのヒールレスラー牛之助が息子のため奮起し格闘家に挑戦する、短編小説です。

プロ格闘家が台頭してきてそれが面白くなかった中島らものプロレスファンとして(レスラーのほうがプロ選手として素敵)って怒りが筆を取らせた一作で、牛之助という名前が表すように馬之助さんが主役です。

コント赤信号が唄う馬之助さんの日常

当時はテレビ見ている人はガチだったので馬之助のようなヒールは不自由な生活をしていました、24時間プロだったのでオフリングでキャラクターを壊さないようにするのが大変だったそうです、この詩はコミカルに唄っていますがその一部がよく表現されていますね。

不良が髪の毛を染めるルーツは馬之助にあり?

まだら狼時代の馬之助さんは半分だけ金髪にしていました、半分だけ金髪にしているのは日本人への裏切りを髪の毛の色で表現していた訳です、記憶が曖昧なんですが、新日本時代事故にあったとかで長期欠場したとかで復帰後日本人への未練が絶ち切れたというギミックでオール金髪にしたと思います。

今ではグレていない普通の子や男の子が髪の毛を染めるは当たり前の事ですが、上田さんが活躍していた1970年代は男女問わず髪の毛を金髪に染めている人ってのはいなかったように記憶しています、70年代の映画で不良を演じる岩城滉一なんかはリーゼントをしていますが、金髪にしている人ってあまり記憶ありません。その後不良の金髪は80年代に入り銀蠅一家の嶋大輔やミッキーなんかが染めてからヤンキーブームが起こり、オキシドールで脱色したりする金髪男子が増殖して現在に至ります。

反骨する日本人が金髪にするっていう設定は上田さんがルーツで間違いないと思います。

上田さんというレスラーは好きなヒールの一人でしてプロレスに興味のない方がこのブログを訪問して偉大な悪役レスラーの上田さんの足跡の一つでも知っていただければと思い、曖昧な記憶を元にダラダラと書き綴ってしまいました。

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