週刊ゴングの竹内宏介さん亡くなる

週刊ゴングの竹内さんがお亡くなりになりました。

ご冥福をお祈りいたします。

脳梗塞で倒れられ5年以上闘病生活を送っていたそうです。

竹内さんは週刊ゴングの創始者として活躍されました、写真のゴングは本棚から出して撮影したけど結構黄ばんでいて月日を感じます、週刊ゴングは筆者にとってネットの無い時代の貴重な情報源であり、資料でもあり、教科書でもあって、週刊プロレスが250円の時代に300円とやや高めの価格でしたが紙質や写真のクオリティ、海外情報充実で高級な週刊誌に仕上がっていたのも竹内さんの拘りが表れていたのかなと思います。

竹内宏介 wikipedia

週刊ゴング創刊の経緯をwikipediaより引用

『ゴング』
ベースボール・マガジン社(BBM)の退社組でNSPが設立された1968年、BBMで『プロレス&ボクシング』の編集長をしていた竹内宏介をヘッドハンティングし、竹内を編集長・総責任者として月刊誌『ゴング』を創刊(発行は3月)。プロレスをはじめボクシングやキックボクシングを取り上げる格闘技専門誌だった。1982年にボクシング記事を『月刊ワールド・ボクシング』として分割、プロレス専門誌化される。1986年11月号(19巻11号通算257号)まで発行されたのち、同年12月号(19巻12号通算258号)より『ゴング格闘技』となった。

『別冊ゴング』→『週刊ゴング』
ゴング創刊翌年の1969年12月、別冊として同じく月刊の『別冊ゴング(べっさつゴング)』が創刊。1984年4月発売の5月号(16巻5号通算179号)まで発行し、同年5月10日に『別

冊ゴング』を週刊化する形で『週刊ゴング』としての第1号となる5月24日号(16巻6号通算180号)が発売された。
2006年には、週刊ゴング7月7日号増刊として『別冊ゴング』が復活。その後、2007年3月9日号増刊まで全5号にわたり隔月ペースで刊行した。

以下関連リンクtwitterではミルフォンファイトの訃報記事が一番早かったようです。

竹内さんの訃報を惜しむ声をいくつか。

サムライテレビの三田佐代子アナがブログで竹内さんとの思いでを更新

三田佐代子の猫耳アワー 第191回 竹内さんに教えて頂いた日々

現時点で更新はありませんが元ゴングの二人のブログをリンクしておきます。

金沢克彦オフィシャルブログ

※5月6日更新 小佐野景浩 maikai

カメラマンの大川昇君から竹内さんが危篤状態にあることを知らされ、慌てて病院に向かいました。恐らく私が到着したのは8時30分~40分ぐらい。竹内さんのご家族、大川君夫妻、清水勉さん、吉川義治君、大日本印刷でずっと週刊ゴングを担当してくれていた須藤幹夫君ご家族に囲まれて安らかに逝かれたとのことでした。私、その後に駆けつけてきた金沢克彦君、田中幸彦君は残念ながら間に合いませんでした。

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